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東京地方裁判所 平成7年(ワ)17166号 判決 1997年8月28日

原告

戊山るみ子

外二名

右原告両名法定代理人親権者父

戊山和徳

右原告両名法定代理人親権者母

戊山るみ子

原告

己山裕子

外二名

右原告両名法定代理人親権者父

己山博己

右原告両名法定代理人親権者母

己山裕子

原告ら六名訴訟代理人弁護士

安部井上

村山裕

小山達也

守屋典子

被告

乙野太一

右訴訟代理人弁護士

岩倉哲二

主文

一  被告は、自ら左の行為を行い、又は第三者をして左記内容の行為をさせてはならない。

(1)  原告らの住居を訪問するなどして原告らに面談を強要すること

(2)  原告らに架電・手紙・葉書などの方法で連絡・交渉及び謝罪を強要すること

(3)  原告らを誹謗・中傷する事項を、報道機関等を通じ、あるいは文書を配布するなどして不特定多数の者の目に触れさせること

(4)  原告らを誹謗・中傷する事項を、文書又は口頭で、原告丙及び原告甲が現に通学している高等学校又は教育委員会に告知すること

二  被告は、原告甲に対し、金五〇万円及びこれに対する平成七年九月一四日から右支払済みまで年五分の割合による金員を、その余の原告ら各自に対し、各金二〇万円及びこれに対する平成七年九月一四日から右支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

三  原告らのその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、主文第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文一項と同旨

2  被告は、原告ら各自に対し、各金二五〇万円及びこれに対する平成七年九月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2について仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  当事者

(1)  平成七年一月当時、原告甲(以下「原告甲」という。)及び丙(以下「原告丙」という。)は練馬区立××中学校二年在学中の生徒であり、原告乙及び同丁は練馬区立□□小学校五年在学中の児童であった者である。

また、原告戊山るみ子は原告甲、同乙の母親、己山裕子は原告丙、同丁の母親である。

(2)  被告は、同じころ、原告乙及び同丁と同じ□□小学校五年に在学する女子児童の父親であり、「乙出版社」と称する出版を目的とする株式会社の代表者である。

2 本件の背景事実

(1)  被告乙野太一は、平成五年四月頃から「会報」という文書を作成して、練馬区立□□小学校の教師を誹謗したり、特定の児童がいじめを行っていると断定して、その実名を挙げてこれを非難するなどしていた。

そして、このような特定の児童に対する個人攻撃はやがて一層エスカレートし、被告は平成六年五月一九日に開かれた同小学校の運動会の会場において、七名の女子生徒(当時中学校一年生)の実名を記載した「いじめ犯手配書」を配布し、見学に訪れていた右の生徒の一人を見つけると、被告はそのビラを見せながら、「告訴してやる。」などと脅した。

(2)  さらに、被告は、登校途中の右女子生徒らを近くの公園や校門で待ち伏せして顔写真を撮ろうとしたり、生徒らに対して「校門を出たら徹底的にやるからな。」と脅迫するなどの行為を繰り返した。このような被告の行為は右生徒らに激しい恐怖と不安をもたらし、なかには心労のあまり円形脱毛症になる生徒さえ現れるほどであった。

(3)  このような被告の行為は、生徒らに重大な精神的損害を与えたが、右のビラで名指された生徒らがいじめを行ったとすること自体、まったく根拠のない被告の思い込みであった。

(4)  また、被告は連日のように□□小学校を訪れて歩き回ったり、長女が在籍する五年生の教室に突然現れて担任教師を大声で非難することもしばしばあり、これによって児童らの平穏な授業が再三妨害され、被告のこのような行為は、同校の児童らに被告に対する強い恐怖感を与えていった。

(5)  一方、被告は、平成六年七月一四日にテレビ番組に出演して、「いじめ犯手配書」を示しながら「いじめ」について独自の見解を述べたのを初めとして、テレビ番組へたびたび出演し、また、新聞に記事が掲載されたりしたが、これらにおいて、右一連の行為を有効な「いじめ」撃退の実践例だとして宣伝をした。

右テレビ出演などの際、右の「いじめ犯手配書」の実名部分にはぼかしが入っていたものの、周辺地域では被告に指摘されている生徒らの名前を知っている者も多く、これがテレビ画面に大写しにされたり、被告がこの件について語ることによって、再び右の生徒らに大きな精神的打撃を与えることになった。

(6)  これらのテレビの放映では自転車の周囲に「いじめっ子、校門出たら犯罪者」と大書したビラを貼り巡らせて走る被告の姿が放映されたりもしたため、周辺の小・中学校において、被告はますます有名な存在になっていく一方、マスコミを通じて自分達の通う小・中学校を名指しで非難する被告に対し、生徒らが一種の嫌悪感を持つに至っても何ら不思議ではなかった。

3 被告による本件名誉毀損・脅迫行為

(1)  平成七年一月一二日午後三時頃、被告宅付近を、原告丙や原告甲らを含む五名の中学生が自転車で通りかかり、同年齢の子どもにありがちないたずら心から、被告自身が自称している「いじめバスターズ」と叫んで逃げるという出来事が発生した。

これに対し、被告は、直ちに自宅を飛び出し、右五人の中学生らを捕らえようと自転車で追跡したものの、捕らえられずに終わったが、右の直後に、××中学校長宛に「明日以降学校に出向いてその犯人の子供を捕まえるつもりです。この子供は絶対に許しません。今後生じる事態については××中学校にすべての責任があることを通告しておきます。」と、自らこの子どもらに対し制裁を加え、これに伴って生じる問題については中学校に責任があるかの如き内容の通知をファクシミリで通告した。

その後、同日午後五時三〇分頃、原告丙らを含む数名の中学生が被告宅前を自転車で通過したが、その際に、原告丙の後方を走っていた中学生が「いじめバスターズ出てこい」と怒鳴りながら塀を蹴ったり、インターホンを破壊し、近所のゴミばこ、通行止め用のコーン等を投げ込むという行為を行った可能性があるが、原告丙自身は、このような行為をまったく認識していなかった。また、原告甲は、同日は西荻窪にある「みすず学苑」という学習塾に行くことになっていたために午後五時には帰宅しており、ビラに指摘された「襲撃」には全く関与していなかった。

(2)  右のような出来事があった翌日の一月一三日、被告は、原告甲を含む少なくとも三名の中学生に対し、なんらの断りもなしに突然カメラを向けて写真を撮る仕草をした。

また、被告は、同日の午前中、□□小学校の五年一組の教室に突然現れ、担任教師の許可も得ることなく「おーい乙はいるか」と子ども達に問いただすということが起こったが、原告乙は当日風邪で欠席をしていたために事なきを得た。

さらに、被告は、同日夕方、自ら作成した「××中のワルがきども『いじめバスターズ』を襲撃!」と題するビラを、××中学二年A組の男子生徒一〇数名の自宅に郵送したり、郵便受けに投げ込んだりした。右ビラには、前日、××中学の生徒とおぼしきもののグループが「『いじめバスターズ出てこい』と怒鳴りながら塀をがんがん蹴り、インターホンを破壊し、近所のゴミばこ、通行止め用のコーン等を投げ込む」という出来事が起こったと記載され、「このワルがきどもを絶対に許さない。直ちに社会的制裁を行う!」と書かれていた。

その後、被告は、原告甲宛に「…私の息子(大学生)は『犯人が分かったら金属バットで殴ってやる。』とまで言っています。空手の練習もしています。大学の空手部の友人たちにも助勢を求めています。…あらゆる合法的な手段によって君を社会的に制裁します。」などと原告甲らを脅迫する内容の手紙を送った。

(3)  次いで、被告は、同月一六日には、「××中のワルがきども『いじめバスターズ』を襲撃!」「これが襲撃実行犯だ!」と題し、原告丙や同甲の他二名の中学生の実名と住所、電話番号、原告己山裕子及び同戊山るみ子など右中学生らの母親の名前、及び原告丁及び同乙など右中学生の弟や妹の名前までを挙げて「一一〇番、逮捕だ!」、「なぜこの子たちを放置していたのか!親はいるのか!」などと記載したビラを、××中学の学区域などの路上にまいた。

さらに、被告は、同月二〇日ころ、「関町南犯罪危険マップ!」と題し、原告丙や同甲の住所、氏名、電話番号並びにその母親らの名前、弟妹(□□小学校在籍の小学生)の名前、原告らの自宅の所在地を図示した地図などを掲げた上、原告らを「社会の敵」「地域の敵」と評し、「二二日午前一〇時『甲』へ抗議!参加者募集中!」と記載したビラを、××中学校の学区域の各戸に無差別に配布した。

(4)  以上のような状況のもとで、原告らは、同年三月一七日付、同月二三日付、同年四月一三日付の各書面により、被告による前述の名誉毀損行為などによる被害者らと共に、被告に対し、謝罪と再び同様の行為を行わないことの誓約を求めた。

これに対し、被告は、同年四月四日付及び同年五月一五日付各郵便により、原告戊山るみ子宛に「一月一二日に当方に対して行った不法行為の謝罪と賠償」を行うよう要求し、謝罪するつもりがないのであれば、マスコミにこれを公表するよう手配し、原告甲が進学する高校にも通知するほか、原告甲の高校受験のときにこちらから裁判を起こすと通知した。

右行為は、高校受験を控えた中学三年の原告甲及びその母親るみ子に対して、害悪を告知して、謝罪という義務なき行為を強要し、賠償名下に金員の交付を要求するもので、強要罪、恐喝罪にも該当する行為である。

(5)  その後、被告は、同年五月二三日午前八時一〇分ころ、その大学生の長男とともに戊山方を訪れて、ちょうど登校直前で一人で家にいた原告甲に対し、被告が「謝れ。」などと大声で怒鳴りつけ、その背後で被告の長男が指をポキポキ鳴らすということがあった。

その怒鳴り方があまりにもすさまじかったため、近所の住人が飛びだしてきて、被告と話をしてくれたおかげでその時は幸いにもことなきをえたが、被告の右行為は脅迫以外のなにものでもない。

(6)  以上のように、被告は、原告らを誹謗・中傷する文書を配布するなどにとどまらず、原告宅を直接訪れて面会を迫るなどの行為にまで及んだため、原告らはやむなく原告らを債権者とする仮処分を申し立て(東京地方裁判所平成七年ヨ第二九八八号・同年ヨ第三四九七号)、面談強要禁止等の仮処分決定を得た。

(7)  このように、被告の右行為は、十分な事実の確認をすることもなく、原告丙及び同甲のみならず、それぞれの母親ら、さらに当時小学生であった弟妹の原告丁及び同乙に対してまでも、刑法上の名誉毀損罪や脅迫罪、強要罪等に該当するほどの許されざる自力救済をしようとするものである。

4 差止請求について

被告は、前述のような原告らに関する虚偽の事実を記載した文書・ビラ等を継続的に多数配布しており、また、前述した被告の原告らに対する言動からすれば、被告が今後も同様の文書を配布する蓋然性は極めて高く、かかる文書がさらに配布されれば、原告らが重大でしかも回復困難な損害を受けることは極めて明らかである。

5 損害賠償について

3項記載の被告の数々の名誉毀損や脅迫等の不法行為によって、原告らが被った精神的損害は極めて甚大であり、これを慰藉するには少なくとも各原告らに対しそれぞれ金二五〇万円の慰藉料を支払うのが相当である。

よって 原告らは被告に対し、原告らの名誉権侵害を未然に防止するために、請求の趣旨第1項記載のとおりの差止めと慰藉料として原告ら各自に対して各金二五〇万円及びこれに対する訴状到達の日の翌日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1(1)及び(2)の事実は認める。

2(1)  同2(1)事実のうち、被告が七名の女子生徒の実名を記載した「いじめ犯手配書」を作成し、これを□□小学校の運動会の見学に来ていたそのうちの一人の生徒に見せたことは認めるが、その余の事実は否認する。

運動会が行われたのは原告主張の日ではない。また、被告が「いじめ犯手配書」を配布した者は、教頭、旧六年の学年主任の教論など五名である。

(2) 同2(2)の事実のうち、被告が登校途中の女子生徒らを近くの公園や校門で待ち伏せして顔写真を撮ろうとしたり、生徒らに対して「校門を出たら徹底的にやるからな。」と脅迫するなどの行為を繰り返したことは否認し、その余の事実は知らない。

(3) 同2(3)の事実は否認する。

被告は平成六年五月二八日に被害者本人と家族から本件の「いじめ」の事実について十分な事実確認を行っており、根拠のない思い込みではない。

(4) 同2(4)の事実は否認する。

(5) 同2(5)の事実のうち、被告がたびたびテレビ番組に出演し、新聞の記事にも取りあげられたこと、右テレビ出演の際に「いじめ犯手配書」の実名部分にぼかしが入っていたことは認めるが、周辺地域で被告に指摘されている生徒の名前を知っている者が多いこと、これらの生徒に精神的打撃を与えたことは知らない。その余の事実は否認する。

(6) 同2(6)の事実のうち、自転車の周囲にビラを貼った被告の姿がテレビ放映されたことは認めるが、右ビラの記載内容が原告主張のようなものであること、被告がマスコミを通じて児童生徒らの通う小中学校を名指しで批判したことは否認し、その余の事実は知らない。

3(1)  同3(1)の事実のうち、平成七年一月一二日午後三時頃、被告宅付近を、原告丙や原告甲らを含む五名の中学生が自転車で通りかかり、「いじめバスターズ」と叫んで逃げるという出来事があったこと、被告が、××中学校長宛に原告らの主張の内容のファクシミリを送ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

同日の午後五時三〇分ころの被告宅のドアホン損壊等の行為は、当時××中二年生であった原告甲、同丙、A、B、Cによって行われたものである。

(2) 同3(2)の事実のうち、被告が自ら作成した「××中のワルがきども『いじめバスターズ』を襲撃!」と題するビラを、××中学二年A組男子生徒一〇数名宅等に郵送し、又は郵便受けに投げ込んだこと、右ビラに、原告ら主張のような記載があること、その後、被告が、原告甲宛に、原告ら主張の内容の記載のある手紙を送ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 同3(3)の事実のうち、被告が、原告ら主張の内容の記載があるビラを××中学の学区域にまいたこと、被告が、同月二〇日ころ、原告らの主張の内容の記載がある「関町南犯罪危険マップ!」と題するビラを配布したことは認めるが、その余の事実は否認する。

右ビラは、一月一二日の襲撃時に一人で留守番をしていて恐怖を味わい、一月一四日と一六日の連休中にも脅迫が繰り返されたことにより、被告の長女が学校での報復を甚だしく恐れたため、原告乙と原告丁を牽制するために作成したものであり、配布行為も無差別に行ったものではない。

(4) 同3(4)の事実のうち、原告らが、被告に対し、同人らの主張の各書面によって謝罪と再び同様の行為を行わないことの誓約を求めたこと、これに対し、被告が、同年四月四日付及び同年五月一五日付各郵便により、原告戊山るみ子宛に原告らの主張の内容の通知を行ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(5) 同3(5)の事実のうち、被告が、同年五月二三日午前八時一〇分ころ、大学生の長男とともに戊山方を訪れたことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告の右訪問は、インターホンを押し、原告甲に「話をする気ある。」と同意を得たうえで行ったもので、面談を強要したわけではない。原告甲は、嫌ならば、ドアを開けずに家の中に居ることができたはずであり、被告が長男を同道させたのは、被告が危害を加えられた場合に警察に通報させるためであって、脅迫等の意図から出たものではない。

(6) 同3(6)の事実のうち、原告代理人らが原告らを債権者とする仮処分を申し立て、主張のとおりの仮処分決定を得たことは認めるが、その余の事実は否認する。

(7) 同3(7)の事実は否認し、主張は争う。

4  同4は争う。

原告甲、同丙は、既に高校に進学し、高校進学の妨害のおそれはなくなったものであり、また、本件について被告自ら起訴命令を申請していることから、被告が裁判所の判断による解決を考えていることは明らかであって、その間の違法な働きかけもなかったのであるから、原告らの差止請求は、その必要性に欠けるというべきである。

5  同5は争う。

第三  証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求の原因1(1)及び(2)の各事実は当事者間に争いがない。

二  各項末尾掲記の証拠によれば、次の各事実が認められる。

1  被告は、同人の長男、長女がいずれも学校で継続的ないじめにあったことから、いじめ問題に関心を持つようになり、平成六年五月ころには、自らが相談を受けた××中学校一年の女子生徒についてのいじめ問題に関して、「いじめバスターズ臨時号 いじめ犯手配書 ××中いじめ地獄より(一年生)」との表題を付けた下に、当該女子生徒の主張に沿った七名の女子生徒の氏名を記載したビラを作成し、これを右生徒らの出身小学校である□□小学校の運動会の際に同校の教頭やPTA関係者ら数名の者に配付するなどした。

また、被告は、その後、「いじめっ子校門出れば犯罪者」と書いた紙を自転車に貼り付けて同中学校の校門前に立つという行動をとったこともあった。

(甲一、同四、乙二三、被告本人)

2  被告のこのような行動は、同年七月ころから、テレビや新聞などマスコミでも取り上げられるようになり、その中で、被告は、いじめに対してはいじめた児童生徒やその親の氏名を公表して社会的制裁を加えることが有効な対策であると自らの考え方を主張した。

また、右のテレビ番組の一つが被告を「いじめバスターズ乙野」と紹介したことから、その後、被告住居地の近隣の児童生徒らの中には、被告をそのような表現で呼ぶ者も現れるようになった。

(甲三、乙一五、被告本人)

3  ところで、被告宅では、被告が最初にテレビに出演した平成六年七月一四日ころ以降、午後六時ころから一〇時ころまでの間に、インターホンを押した後、家人が出て来る前にその場を立ち去るピンポンダッシュと呼ばれる悪戯が頻繁に起こるようになった。また、それと同じころから、××中学校の生徒ら数名が、被告の長女(当時□□小学校の五年生)の姿を小学校の校庭や塾の帰り道に見つけると「乙野!」と叫んで同人をこわがらせるようなことが何回かあった。

(被告本人)

4  そうした中、平成七年一月一二日午後三時ころ、被告宅付近を自転車で通りかかった中学生らが、被告宅の前で「いじめバスターズ!」と叫んで逃げるという出来事が発生した(以下「第一事件」という。)このときは、自宅に居た被告が、直ちに外に飛び出し、右中学生らを捕らえようと自転車で追跡したが、捕らえられなかった。

(争いのない事実)

右の生徒らは、いずれも当時××中学校二年に在学中の原告甲、同丙、A、B及びCの五名であるが、同人らは武蔵関のゲームセンターに遊びに行く途中、被告宅の前を通り過ぎる際に、自転車に乗ったまま、それぞれ「いじめバスターズ!」「乙野!」などと大きな声で叫んだものである。

(甲二二、原告甲本人、同丙本人)

5  また、同日午後五時三〇分頃には、数名の中学生が、再び被告宅前に自転車で現れ、「いじめバスターズ出てこい」と怒鳴りながら被告宅の塀を蹴ったり、インターホンを門扉から引き剥がして壊すなどしたほか、近所のゴミ用のポリバケツや通行止め用のコーンを被告宅の玄関前に投げ込むという事件が発生した(以下「第二事件」という。)。当時、被告宅には被告の長女が一人でいたが、同人が騒ぎを聞いて玄関に出ると、右生徒の一人が「出てきたぞ。逃げろ。」と叫けび、全員が自転車で逃走した。

右行為に参加したのは、前記A、B、原告丙のほか、他の中学校の生徒数名であった。

(甲三〇、乙一の一ないし三、被告本人)

被告は、原告甲も右第二事件に参加していたと主張し、①「出てきたぞ。逃げろ。」と叫けんだ生徒を目撃した被告の長女が、右事件の直後に、この生徒を「乙君のお兄ちゃんみたいだ。」と述べたこと、②後日、同日の事件の謝罪にきたCが原告甲が参加していたことを確認したこと、③××中学校教頭中村雅人も、事件の翌日である一三日に、電話で、原告甲が第二事件に参加していたことを確認したことをその根拠として挙げている(被告本人)。

しかし、①については、被告の長女は原告甲の弟である原告乙とは同じクラスであったものの、右事件以前に原告甲の顔を見たことはなかった(被告本人)のであるから、同女の右供述には確たる根拠がないことは明らかである。また、②のCの供述は、同人自身第二事件には参加しておらず、同人と同じく第一事件に参加した者として原告甲の名前を挙げたにすぎないというのであり(甲二一、同二二及び原告戊山るみ子本人)、③については、甲二〇の記載に照らして、中村教頭が被告主張のような確認をしたということ自体が認められない。したがって、原告甲も右の行為に参加していたという被告の主張には確たる根拠がないといわざるを得ない。

むしろ、原告甲は、ゲームセンターで遊んだ後、他の生徒らと別かれて午後五時ないし五時三〇分ころには自宅に戻り、その後、塾に出かけたとする原告甲及び同戊山るみ子各本人尋問中の供述は、他の証拠(甲二八、同二九、同三〇、原告丙本人)に照らして、措信できるというべきである。

また、原告らは、原告丙は右の午後五時三〇分ころ他の生徒らと一緒に自転車で被告宅には行ったが、インターホンを壊したり、ゴミ用のポリバケツや通行止め用のコーンの投げ込むという行為は同人自身は行っていないし、他の生徒が行ったことにも気が付かなかったと主張する。

しかし、原告丙は、本人尋問においては、同人自身の行動については何をしたかはっきり覚えていないし、他の生徒がポリバケツ通行止め用のコーンを投げ込んだり、インターホンを壊したりしたことも記憶がないという曖昧な供述に終始しているが、後述のとおり、第二事件については、事件直後から、同原告の通う中学校でも問題となり、同原告自身が被告から名指しで実行者として非難されていたのであるから、自分の行為も含めて、当時、誰がどのような行為をしたかほとんど覚えていないということは極めて不自然であり、にわかに措信できない。むしろ、同原告がそれまで行動を共にしていた他の生徒らと一緒の行動から離脱して独自の行動をとったということが窺われない本件の証拠関係の下においては、前記の第二事件前後の行動状況からみて、同原告自身がインターホンの破壊やポリバケツの投げ込みを行ったかどうかはともかく、少なくとも、他の生徒らが事前にゴミ用のポリバケツや通行止め用のコーンを用意したことやこれを投げ込み、インターホンを引き剥がしたことについての認識は持って、行動を共にしていたものと認めるのが合理的である。

6  その後、同月一四日午後には、被告の自宅前の路上で、××中学校の生徒四名が「おやじ、ぶっ殺すぞ。」と大声で叫ぶ出来事があり、同月一六日夜には、被告宅の玄関先に空き缶の入った段ボールが投げ込まれるという出来事が起こった。

(乙三の一ないし三、被告本人)

三  次に、各項末尾記載の証拠によれば、平成七年一月一二日に前述のような事件が発生した後、被告は、次のような行為を行ったことが認められる。

1  被告は、平成七年一月一二日の第一事件が起こった直後、××中学校長に対し、ファクシミリで「明日以降学校に出向いてその犯人の子供を捕まえるつもりです。この子供は絶対に許しません。今後生じる事態については××中学校にすべての責任があることを通告しておきます。」と伝えた。

(争いのない事実)

2  次いで、同日第二事件が起こった後には、被告は、警察官を呼んで被害状況を説明したほか、××中学校に電話して、中村教頭らに対し、原告甲らが右事件を行ったと抗議した。

翌一三日には、中村教頭が被告宅を訪れて、直接被告から事情を聴取したが、被告は、同教頭が持参した生徒の顔写真を見ても行為者を特定することはできなかった。また、同教頭は、被告が第二事件の行為者も原告甲とその仲間であると主張する根拠が同原告の顔を知らない長女の話しに依拠したものであることを知り、各事件の参加者などについては、連休明け後の一七日以降に原告甲らから事実関係を聴取する旨述べるに止めた。

(甲二〇、被告本人)

3  しかし、被告は、同日、「××中のワルがきども『いじめバスターズ』を襲撃!」と題するビラを作成して、××中学二年A組男子生徒一〇数名の自宅に郵送し、あるいは直接郵便受けに投げ込んだ。

右のびらには、××中学校二年のD・甲グループが「『いじめバスターズ出てこい』と怒鳴りながら塀をがんがん蹴り、インターホンを破壊し、近所のゴミばこ、通行止め用のコーン等を投げ込むという暴虐のかぎりを尽くして行った」との記載のほか、「甲は□□小学校五年二組の乙の兄である。甲弟(いじめグループリーダー)は、この間のA氏のいじめ指導に反感を抱いていた。」「このワルがきどもを絶対に許さない。直ちに社会的制裁を行う!」などの記載がある。

4  また、被告は、同日中に原告甲に対し、「君と君のグループが一月一二日に私の家と私の家族に対して行ったはっきりとした違法行為は絶対に許すことができません。」「…私の息子(大学生)は『犯人が分かったら金属バットで殴ってやる。』とまで言っています。空手の練習もしています。大学の空手部の友人たちにも助勢を求めています。今は私が押えていますが、どれだけ怒っているのか分かってもらえますね。」「一月一八日午前一〇時に私の家に来て謝罪とこれまで行ってきたことを隠さず話してください。」「必ず一人で来て下さい。」「もし来なかった場合は、あらゆる合法的な手段によって君を社会的に制裁します。」などと書いた手紙を送り、右の手紙は翌一四日に原告甲のもとに届いた。

(甲七、被告本人)

5  次いで、被告は、同月一七日午前七時三〇分から八時ころまでの間に、「××中のワルがきども『いじめバスターズ』を襲撃!」「これが襲撃実行犯だ!」と題し、原告丙及び同甲ら四名の中学生の氏名、在籍するクラス名、自宅の住所と電話番号のほか、その母親の名前(原告己山裕子及び同戊山るみ子など)、弟妹である原告丁及び同乙の名前及び在籍する小学校名と学年などを記載し、「一一〇番、逮捕だ!」、「なぜこの子たちを放置していたのか!親はいるのか!」などと記載したビラ約一〇〇枚を××中学校への通学路にまいた。

(甲八、被告本人)

6  さらに、被告は、同月二〇日、「関町南犯罪危険マップ!」との表題を付け、その下に、原告丙や同甲の氏名、在籍するクラス名、自宅の住所・電話番号のほか、その母親(原告己山裕子及び同戊山るみ子ら)の名前及び弟妹(原告丁及び同乙)の名前・在籍小学校の学年などを挙げたうえ、これらの者を「社会の敵」「地域の敵」と評し、「全く懲りない連中である。子が子なら親も親、この四名の親子、謝罪しないどころか居直っている。どうしようもない犯罪家族である。」などと記載し、同人らの自宅の所在地を図示した地図を載せて「「二二日午前一〇時『甲』へ抗議!参加者募集中!」とするビラ約二、三〇枚を、同人らの自宅周辺にまいた。

(甲九、被告本人)

7  こうした被告の一連の行為に対し、原告らは、強い不安と恐怖を感じ、本件原告ら訴訟代理人弁護士に委任して、被告に対し、同年三月一七日付、同月二三日付、同年四月一三日付の各書面により、謝罪と今後同様の行為を行わないことの誓約を求めた。

しかし、被告は、右の要求に応じようとはせず、かえって、原告戊山るみ子に対し、同年四月四日付の手紙で、「一月一二日に当方に対して行った不法行為の謝罪と賠償」を行うように要求し、さらに同年五月一五日付の手紙では、同様の要求を繰り返したうえで、これに応じなければ、原告甲の高校受験の時にこちらから裁判を起こすつもりであると述べたうえ、「同時にマスコミに公表し、各高等学校へも通知いたします。また、それまでの間でも、機会あるごとにテレビや新聞、週刊誌にあなたたち親子のことを、日本を悪くしている家庭の見本として話題にします。」「私に弁護士など無駄です。そんな暇と無駄なお金があるならば、さっさと当方に謝罪し賠償を行って楽におなりなさい。」と通知した。

(甲一〇ないし一二の各一及び二、同一三、同一四、二三、同二四、原告戊山るみ子本人)

8  その後、被告は、同年五月二三日午前八時一〇分ころ、大学生の長男とともに戊山宅を訪れた。その時、戊山宅には登校しようとしていた原告甲が一人でいたが、被告は、同原告に対し、「なぜ謝りに来ないのか。」などと大声で怒鳴ったりしたが、その声を聞いて駆けつけた隣家の者が被告を制止したため、同原告は間もなく登校することができた。

(甲二四号証、原告甲本人)

9  原告らは、こうした被告の態度が続いたことから、当庁に対して、被告を債務者とする面談強要禁止等の仮処分申請を行い、同年七月一九日、被告が原告らに対して面談や謝罪の強要をすることや報道機関又は文書の配布等によって原告らを誹謗することを禁止することなどを内容とする仮処分命令が発せられた。

(甲一七、原告戊山るみ子本人)

なお、原告らは、被告は、平成七年一月一三日に、登校途中の原告甲に対し、なんらの断りもなしに突然カメラを向けて写真を取る仕草をし、また、同日午前中には、□□小学校の五年一組の教室に突然現れて、担任教師の許可も得ることなく「おーい乙はいるか」と子ども達に問いただすなどしたと主張するが、本件に現れた証拠によっては、右の各事実を認定するに十分でない。

四  そこで、以上の各事実に基づいて原告らの請求の当否について検討する。

1 被告の前記三3記載のビラが原告甲及び同乙を誹謗して同人の名誉を毀損するものであり、同三5及び6の記載のビラが原告ら全員を誹謗しその名誉を毀損するものであることは、これらのビラの前述した記載内容から明らかである。

被告は、その本人尋問において、これらのビラを配布した理由について、事件に関与した生徒を割り出し、謝罪させること、同様の行為の繰り返しを防ぐことにその目的があったと供述する。しかし、右の各ビラは、原告甲が第二事件に参加していたとの前提に立って、これを強く非難するものであるが、右の前提自体根拠に欠けるものであることは前記認定のとおりである。また、前記第二事件は子どもの悪戯としては悪質なものというべきであるが、そのような行為の被害にあったからといって、報復や自力救済が許容されるわけではないから、当該行為に参加した生徒やその家族に対して前記の各ビラのような表現を用いてその名誉を毀損することが許される理由にはなり得ない。このことは、右事件以前にピンポンダッシュと呼ばれる悪戯が被告宅に対して頻発していたなどの事情を考慮しても、同様である。

したがって、被告の行った右のビラの配布は違法であり、原告らに対する不法行為を構成する。

また、同様に原告甲が第二事件に参加していたとの前提に立って、同原告及びその母である原告戊山るみ子に対し、繰り返して同事件についての謝罪と賠償を求め、これに応じなければ様々な不利益を生じさせると迫った前記三4、7及び8の各行為は、同人らに義務のない行為を強要するものであり、違法であるから、不法行為を構成する。

2 以上のとおり、被告は、原告らに対し、繰り返し、面談と謝罪を求めたほか、原告らを誹謗するビラを再三にわたって多数配布しており、前記三各項記載の被告の原告らに対する言動に照らせば、被告が、原告らを誹謗する事項を、報道機関を通じ又は文書を配布する方法で再び不特定多数の目に触れさせたり、原告甲又は同丙が通学する高等学校又は教育委員会に告知したりする行為に及ぶおそれがあるものと認められる。

したがって、原告らの人格権としての名誉権の侵害を未然に防止するために請求の趣旨1項記載のとおりの差止めを求める原告らの請求はすべて理由がある。

3 また、証拠(甲二三、同二四、原告甲本人、同丙本人、同戊山るみ子本人)によれば、原告らは、被告の右の各不法行為によって、その名誉を傷つけられ、精神的な苦痛を被ったものであり、特に各不法行為の行われた時期が原告甲及び同丙の高校受験を控えた時期であったため、被告の示唆する様々な行為を恐れる不安はいっそう強く、長期間にわたり強い精神的苦痛を被ったことが認められる。

そこで、各原告らに対する前記不法行為の回数、態様及びその内容などを総合勘案すれば、右の原告らに生じた精神的苦痛を金銭をもって慰藉するには、原告甲については金五〇万円、その余の原告については各金二〇万円が相当である。

したがって、原告らの損害賠償を求める各請求は、右の限度において理由がある。

五  結語

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官市村陽典)

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